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校長日記(2008/08)

HIV/AIDSって知っていますか?(08/8/1)

今日から8月!毎年この時期には横浜駅西口の県民サポートセンターでHIVエイズのフォーラムが開催され、多くの人たちが全国から集まってきます。1994年「第10回エイズ国際会議」がこのフォーラム開催の始まりでした。アジアで初めての国際エイズ会議は大きな注目を集めましたが、行政や学会中心の国際会議は参加費が8万円と高く、とても市民が参加できるものではありませんでした。この時、国際会議に並行して草の根の市民版エイズフォーラムをやろうと多くのボランティア・NGO・専門家たちが、AIDS文化フォーラムを立ち上げました。そこには国際会議に集まるリソースパーソンの講演会、NPOによるワークショップ、感染者によるパフォーマンスなど様々な試みが行われました。フォーラムの運営はすべて市民ボランティアの協働により手弁当で行われています。なぜAIDS"文化"フォーラムなのか。それはフォーラムを医療や福祉の問題だけではなく、HIV感染者やAIDS患者を病気と共に生きる人間としてとらえること、そしてすべての人間が、HIV/AIDSに関わりを持ちながら、日常の生活・社会的活動に関わっているという側面を大切にしたいという考え方で「文化」の2文字を使っています。「文化」の2文字を入れたことで、フォーラムの開催プログラムの幅は大きく広がってきていると思います。
HIVとAIDSの違いは、HIVは人免疫不全ウィルスそのものでAIDSは後天性免疫不全症候群という症状のことです。このウィルスに感染すると様々な病気に対する抵抗力(免疫力)が低下して病気にかかりやすくなってしまいます。現在では感染していることが判ると免疫力が落ちないように薬を飲んで健康を維持することができると言われています。日本では若い人たちの性交渉による感染が広がっています。本当なら正しいHIVに対する教育を学校の中で行われなければいけないのです。同時に差別や偏見そして貧困などについても学び、命の教育として展開しなければならないと思います。本校では神奈川県からの要請を受けて日曜日にHIV抗体即日検査を実施しています。最近になってTVや新聞でも「HIV抗体検査へ行こう!」と呼びかけていますね。ぜひ検査してください。
さて、今日の午前中に第15回AIDS文化フォーラムin横浜の開会式とオープニングプログラムに参加してきました。実は毎年参加しています。今年は『プレイバックシアター HIVに出会ったとき!』 Byプレイバッカーズ・・・昨年の閉会式で大好評を得たというプレイバッカーズが、今年はオープニングで「いのち」と「きもち」を「かたち」にしてくれました。様々な人たちがHIVにであった時の「状況」と「感情」をインタビューし、プレイバッカーズが、その時を即興劇で再現します。本人は自らの体験を追体験し、観客は、自らの体験のように疑似体験する・・・私もなぜか涙を流している自分に驚きました。プレイバッカーズに拍手!・・・学生達にもぜひ見てもらいたいと思いました。
今日から3日まで様々な学びの場面、出会いの場面が用意されています。「AIDS文化フォーラムin横浜」横浜駅西口から5分、県民サポートセンターです。ぜひ行ってみてくださいね!

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生きる力について考えました!(08/8/2)

みなさんは「生きる力」って何だと思いますか?今、子どもたちも大人たちにも、きっとこの生きる力が足りないのかも知れないなあって・・・思っています。
先月、文部科学省が発表した新学習指導要領に「確かな学力」「豊かな人間性」「健康・体力」の3つの要素から「生きる力」が育まれるとありました。その通りかも知れませんが、教師たちも大人たちも社会そのものにもこの「生きる力」が足りないnのです。決して子ども達だけが「生きる力」が足りないのではないということ・・・。
基礎・基本を確実に身に付け、いかに社会が変化しようと自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力などの「生きる力」が必要・・・ということです。
今、読売新聞に連載されている「教育ルネッサンス~少年院で育てる~」の中に、罪を犯してしまう青少年の8割以上に基礎学力が低いという共通点があるとありました。子どもの頃からわかるようになる喜びや学ぶことの大切さを知り、自分なりの将来の目標を持てるようになるためにも「確かな学力」は大切ですね。
以前、高校教師をしていた時、「できない生徒を責めるより、自分の指導力の無さを自覚しなさい」と言われたことがありました。決して生徒を見捨てないで生徒たちの「わかったよ!できたよ!」の一言を聞くまであきらめないで生徒達たちと向き合うことが大切なんです。
豊かな心や健やかな体を育てるには、家庭や地域にも大きな役割がありますが、家庭や地域の教育力の低下が心配ですね。とは言うもののすべてを学校教育に任せっきりにして期待し過ぎてはいけません。それこそ親としてしなければならない「教え育て、しつける」家庭教育を学校にすべて投げてしまい、その責任までも学校や教師に問うモンスターペアレントが増えています。義務を果たさず権利の主張?家庭教育も地域の教育力も再構築する必要がありますね。
私たちのYMCA健康福祉専門学校には、この「生きる力」を育むカリキュラムがたくさんあります。
野外活動キャンプ、30kmウォーキング、合唱際の他、ユースリーダー活動や国際協力募金活動、HIVエイズの啓発活動、災害復旧ボランティア活動、障害児支援活動などに自分にもできることなら・・・喜んでもくれる人がいるなら・・・誰かがやらなければ・・・というように、関わることで発見したり、気づいたり・・・。感動したりも共感し合ったり・・・すべて「生きる力の糧(かて)」になることでしょう。
先人の伝記、自然、伝統と文化、スポーツなど子ども達が感動を覚える教材がYMCAにはあります。また生涯にわたって運動やスポーツを豊かに実践していくことで体力の向上を目指し、心身の健康保持増進のためにも食育の推進や安全に関する取り組みをしているYMCAの現場があります。
一人では気づかない、感じない、学べないってことありますよね!思いやりの気持ちや誠実さ、責任感や尊敬心などは、互いに気づき、感じ合うことですよね。そしてその関わりは多種多様な方が良いですね・・・。専門性を学び、資格取得を目指すことに加えて、環境や平和、国際理解や異文化理解、差別や偏見などを体験を通して学ぶことって大切でス。すなわち偏りなくバランスよく学ぶこと・・・それが生きる力につながると思っています。

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保育士?幼稚園の先生?(08/8/3)

保育園と幼稚園って何が違うのでしょうか?保育園も幼稚園も毎日子どもたちの安全が確保されて元気にすくすくと楽しい時間を過ごしていることに変わりはありませんね。でも制度的には全く別の法律で規定されています。保育園は厚生労働省が管轄している児童福祉施設で幼稚園は文部科学省が管轄している学校・・・。だから保育士は福祉施設職員、幼稚園は学校の先生・・・なんですね。子どもが生まれても働きたい、働かなければならず親自らが養育できない状況にある人は利用することができるのが保育所です。それに対して幼稚園には幼児教育の指導要領というのが国によって定められていて「健康」「人間関係」「環境」「言語」「表現」の5領域について目標が決められて先生が指導しています。それと今まで幼稚園や保育園については、保護者の就労の有無により利用できる施設が限定されていましたんです。しかし、保護者の就労スタイルも様々になり、核家族化や少子化などによる保育ニーズの多様化・需要の変化にも対応できるようにするために「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律」が平成18年10月1日から施行されて幼稚園・保育所などが就学前の子どもに幼児教育、保育を提供する機能(保護者が働いている、いないにかかわらず受け入れて、教育・保育を一体的に行う機能)と地域における子育て支援を行なう機能(すべての子育て家庭を対象に、子育て不安に対応した相談活動や、親子の集いの場の提供などを行なう機能)を備え、一定の基準を満たす施設であれば「認定こども園」として認定を受けることができるようになったということです。
最近の保育園でも、保護者のニーズに応じて様々なカリキュラムが用意されていて、子どもの感性を大切にしながらも地域の資源を生かした体験学習を中心として発達段階に応じた様々な取り組みが積極的にされるようになりました。そのため保育士にも地域の子育てアドバイザーとして役割や保護者のカウンセリング、体育指導や行事の企画立案・運営など多岐にわたる能力が求められるようになっています。また、地域活動の拠点としての働きも求められるため保護者会の運営や地域自治会との協働などの視点も必要になっています。
 幼児期に思いやる心、誠実さ、尊敬心、責任感などの大切な価値に気づけるように子どもたちの健全な育成に全力で取り組むためにも保育と幼児教育のそれぞれの持っている機能をバランスよく提供できるように幼児教育の専門職としても保育士資格、幼稚園教諭免許取得を目指して幅広い視野にたって子供たちと向き合うことのできる専門職を目指してほしいと願います。
*YMCA健康福祉専門学校での取得資格は以下の通りです。
   健康福祉科:社会福祉士受験資格(実務1年)+保育士+幼稚園教諭+社会福祉主事任用資格                        福祉スポーツ科:健康運動実践指導者+保育士+幼稚園教諭+社会福祉主事任用資格

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清原!勇気をありがとう!(08/8/4)

昨日のプロ野球オリックス対ソフトバンク戦、同点の7回、先頭のオリックス相川に「代打・清原」が告げられた。球場内は大歓声に包まれた。ファンの声援に後押されて清原和博(40)が2年ぶりに打席に立った。初球、144キロの直球をフルスイング・・・空振り。カウント2―2から140キロの直球にバットが空を切り三振に倒れた。多くの観客は立ち上がって惜しみない拍手で称えていたのが嬉しかった。       
前日の一軍復帰の記者会見で「こんな状態では、来年はグラウンドに立てないと思う。明日からの1打席、1球1球が野球人生の最後だと思ってバットを振りたい」と涙をこらえながら語っていた清原・・・誰も経験したことのない軟骨移植のひざの手術をしてまでも、どうしてもまだ納得できない・・・と復帰目指して苦しいリハビリトレーニングを積んできた。清原もういいよ!これ以上無理しないでくれ!このまま引退しても君を誰も責めることなんてできないんだから・・・。
PL学園高校時代に春夏甲子園に5回出場して高校野球13本塁打という偉業を遂げ、小学校3年生の時からの夢だった読売ジャイアンツへの入団を強く希望していた。その年のドラフト会議でジャイアンツ1位指名は、早稲田大学への進学を希望していた桑田真澄に決まったとき・・・。ジャイアンツからも親友の桑田からも裏切られたような気持ちで一杯だったに違いない。その後、清原は西部ライオンズに入団・・・あの野茂、村田との対決も忘れられないが、ジャイアンツ桑田との対決は見ごたえがあった。1997年FA宣言した清原に長島から声がかかり宿敵ジャイアンツに入団、あの時の悔しさは口に出すこともなく2000本安打、500本塁打を達成、巨人では2度のリーグ優勝の立役者であったにも関わらず、戦力外通告で2006年にオリックスに移籍した。オリックスに誘ってくれた故仰木監督への恩返しをしたいという思いからか記者会見でも、清原は「ひざが持つ限りは何とかチームに貢献したい」と話していた。「自分の体は限界にきているかもしれないし、ファンのみんなに無様な姿を見せるかもしれないが・・・誇りを失うことないように前向きに頑張りたい!」 
最近の日本人は、すぐにあきらめてしまう人が増えているという。やりもしないままできないに決まっているからやらないとか、どうせやったって得るものはないから、疲れるだけだからという・・・。無様な姿になっても・・・清原!最後まで雄雄しくいてくれ!清原!勇気をありがとう・・・。

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明日は8月6日!(08/8/5)

1945年8月6日午前8時15分17秒、「エノラ・ゲイ(ENOLAGAY)」という名前のアメリカ軍B29戦闘機が原爆「リトル・ボーイ」を投下しました。地上から高度580mで原爆は炸裂し、一瞬にして14万人の命が奪われ、その後、被爆が原因でなくなった人たちは今日までに30万人近くになっています。
そうでなんです。8月6日は広島に原子爆弾が落とされ多くの命が奪われた日として覚えていてください。8月9日は長崎原爆記念日です・・・。63年前の出来事です。
「はだしのゲン」という漫画を知っていますか?1945年4月、太平洋戦争も終わりの頃の広島で国民学校に通う中岡ゲンというわんぱく盛りの男の子が主人公です。広島の原爆で父と姉、弟を失いながらも、たくましく成長する少年を描いたこの漫画は核の恐ろしさと平和の尊さを訴え続けています。この漫画を読んだ時、涙が止まりませんでした。中でも印象的な8月15日敗戦を告げる天皇の放送が流れた時。「天皇陛下様、戦争を止めさせる力がおありなら、どうして戦争を始めるのを止めて下さらなかったのですか!」母の君江は必死に叫ぶ場面は決して忘れることはないでしょう。
 さて、昨年(2007年)の平和宣言では、「21世紀は市民の力で問題を解決できる時代」であることを強く訴えていました。
 広島・長崎の悲惨な体験を再び世界の人々が経験することのないように、広島平和宣言の願いはただ一つです。それは核兵器をこの地上からなくし、いつまでも続く平和な世界を確立しようと言うことです。今年も明日、宣言が読み上げられます。みなさん!注目しましょう。

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こども代表平和への誓い(08/8/6)

「私たちは、原爆や戦争の事実に学びます。」という言葉に打たれました!今日の記念式典の中で読み上げられた「こども代表平和への誓い(全文)」をご紹介しましょう。

 昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。
突然のするどい閃光(せんこう)と爆風で、数え切れない多くの尊い命が失われました。
 あの日、建物疎開や工場で働くために出かけていった子どもたちは、63年たった今も帰りません。「いってきます。」と出かけ、「ただいま。」と帰ってくる。原爆は、こんな当たり前の毎日を一瞬で奪いました。

原爆は、やっと生き残った人たちも苦しめます。放射線の影響で突然病に倒れる人。あの日のことを「思い出したくない」と心を閉ざす人。大切な家族や友人を亡くし、「わしは、生きとってもええんじゃろうか?」と苦しむ人。

 でも、生き抜いてくれた人たちがいてくれたからこそ、私たちまで命が続いています。平和な街を築き上げてくれたからこそ、私たちの命があるのです。
 今、私たちは、生き抜いてくれた人たちに「ありがとう」と心の底から言いたいです。
 忘れてはならない原爆の記憶や、核兵器に対する怒りは、年々人々の心から薄れていると思います。しかし、人の命を奪う戦争や暴力は、遠い過去のことではありません。

 この瞬間にも、領土の取り合い、宗教の違いなどによる争いによって、小さい子どもや大人、私たちと年齢の変わらない子どもたちの命が奪われています。

 失われた命の重さを思う時、何も知らなくて平和は語れません。

 事実を知る人がいなくなれば、また同じ過ちがくり返され、戦争で傷つき、命を失った人たちの願いは、かき消されてしまいます。だから、私たちは、大きくなった時、平和な世界にできるよう、ヒロシマで起きた事実に学び、知り、考え、そして、そのことをたくさんの人に伝えていくことから始めます。

 また、私たちは、世界の人々に、平和記念式典が行われ、深い祈りの中にある広島に来てほしいと思っています。ヒロシマのこと、戦争のことを知り、平和の大切さを肌で感じてほしいのです。

 そして今こそ、平和を願う子どもたちの声に耳をかたむけてほしいのです。

 みなさん、見ていて下さい。

 私たちは、原爆や戦争の事実に学びます。

 私たちは、次の世代の人たちに、ヒロシマの心を伝えます。
そして、世界の人々に、平和のメッセージを伝えることを誓います。

           平成20年(2008年)8月6日
             こども代表
             広島市立幟町小学校6年   今井穂花
             広島市立吉島東小学校6年  本堂壮太

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頑張ろう!柏崎(08/8/7)

今日の朝刊に今年の新潟県柏崎市の花火大会の記事が目に留まりました。昨年は中越沖地震のため中止になり2年ぶりの開催です。私達YMCAは昨年の今頃、柏崎市社会福祉協議会に設置された災害復旧ボランティアセンターで被災者からの電話依頼の対応をしたり、ボランティアのマッチングと派遣をしていたことを思い出します。ボランティアの派遣依頼で一番多かったのは半倒壊している自宅から家具や衣類を取り出してほしいとのお年寄り世帯からの依頼でした。行政から指導もあり余震があり危険なのでボランティアは家の中には入らないという約束の中での活動でした・・・。「できないから頼んでいるのに何のためのボランティアだ!」と多くの方々からお叱りを受ける事もありました。
 夏の炎天下での作業ですから派遣するボランティアの安全にも配慮が必要でした。特別な工具は数少なく人手しかない状況でした・・・。水と塩を渡しました・・・。倒れた塀の撤去、落ちた屋根瓦の片付け、雨に備えてブルーシート張りなど・・・。センターには作業終了とともに感謝の電話も多くありました。「本当に助かりました!ありがとう!みなさんによろしくお伝えください。」日に焼けて疲れきった汗だくの顔に白い歯と笑みが見られる場面でした。ボランティアは全国から毎日300人を超えていました。
 現在、柏崎市内の倒壊家屋跡地は空き地や駐車場になり復興のため工事中という注意書きがあったり、海岸近くにはいまだに仮設住宅が立ち並んでいるそうです。
 今年の花火大会は、日増しに復興していく柏崎を互いに喜び、互いの頑張りを讃え合うかのように、一つ一つの大輪にあわせて拍手と歓声が響いていたということです。「がんばれー!」「かしわざきー!」・・・。胸が熱くなりました。
 柏崎市社会福祉協議会のホームページを見ると、いまだにボランティア募集が続いています。内容は仮設住宅からの引越しや片付けでした・・・。もう少しです。頑張ろう!柏崎!

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オリンピックは平和の祭典(08/8/8)

いよいよ今夜、北京オリンピック開幕ですね!それなら・・・頑張れ日本!・・・。中国大丈夫かなあ?いつもは違うんだけど・・・オリンピック期間だけは・・・町もきれいです。食事も安全ですよ。車も少なく、空気もきれいですよ。・・・ほら民族抗争もありませんし、みんな仲良くしていますよ。・・・厳重警備の中のオリンピック聖火リレーを見ましたが・・・チベット自治区での暴動も見ましたよ・・・ウィグル自治区の民主化運動?独立問題?・・・聞こえていますよ!オリンピックメイン会場は、豊かな水と緑には囲まれているようですが、少し前までは橋はかかっていても水なんか流れていなかったらしいですね。中国政府は川の上流域の農民に、水田での米作りから畑でとうもろこし作りに変えさせたんです。だから水と緑に囲まれて・・・世界に見られたくないもの、見せたくないもの、聞かせたくないもの、聞かれたくないものには暴力を使っても見せない。そのために人の命が失われることになったとしても・・・そんなことってあってはならないことです。でも今夜、北京オリンピックは始まってしまいます・・・。それならこちらにも考えがあります。観戦をボイコットします・・・テレビを見ない!でも気になりますね・・・ああ、どうしよう・・・
オリンピックの提唱者クーベルタンの言葉として有名な「オリンピックで重要なことは、勝つことではなく参加することである」は、英米両チームのあからさまな対立により険悪なムードだったロンドン大会(1908年)中の日曜日、礼拝のためにセントポール大寺院に集まった選手を前に、主教が述べた戒めの言葉だそうです。 「オリンピックの理想は人間を作ること、つまり参加までの過程が大事であり、オリンピックに参加することは人と付き合うこと、すなわち世界平和の意味を含んでいる」と考えていたクーベルタンはこの言葉に感動し、英政府主催の晩餐会でこの言葉を引用して「人生にとって大切なことは成功することではなく努力すること」という趣旨のスピーチを行いました。以後、オリンピックの理想を表現する名句として知られるようになったそうです。
「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」という、クーベルタンが提唱したオリンピックのあるべき姿(オリンピズム)は、各国が覇権を争う帝国主義の時代にあって、実に画期的なものだったことでしょう。その後、戦争による中断や、東西冷戦によるボイコット問題など、オリンピックはいつも時代時代の社会情勢に左右され、そのたびに「あるべき姿」が問い直されてきたことでしょう。
北京オリンピック開催を前に私達ができることもまた、「オリンピックの理想は平和」であることを再確認して次の世代へ受け継いでいきたいと思います。

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勝つことより大切なこと(08/8/9)

頑張れ日本!今日の柔道48kg級谷亮子さんの準決勝は悔しかったですね。両者お互い組み手を嫌ってなかなか取り組まないことから主審から両者に指導がありました。実はこの時、主審は一人に指導をしましたが、副審が両者にと異議があり主審は受け入れたのでした。こう着状態が続いていたので2回目の指導!そして3回目の指導・・・両者にかと思ったら・・・今度は谷さんだけ?・・・副審からの異議はありませんでした・・・。そのまま時間切れで谷さんは負けてしまいました。絶句!3位決定戦では払い腰で一本勝ちしましたがその表情には笑顔はありませんでした。試合後のインタビューでは、「準決勝の審判の判定には納得しています。持てる力をすべて出し切った結果ですから・・・周りで応援してくれた人たちに感謝の気持ちで一杯です」と語っていましたね。悔しさを押し殺している様子が潤む目に感じたのはきっと私だけではなかったでしょうね。あの2回目の指導が谷さんだけだった理由をその場で説明してほしかったです・・・。審判の持つ判定基準は絶対であることはわかりますが、見ている人たちに納得ができる判定をしてほしいものですね・・・。
気分を変えて心温まるオリンピックのエピソードを紹介します。それは1964年東京オリンピックのヨット競技でのことです。
ヨット競技フライングダッチマン級レースは、10月12日から江ノ島のヨットハーバーで行われました。2日目までは穏やかな天候が続いていましたが、3日目の海上は瞬間風速が15メートルにも達するあいにくの荒天でした。
実際にレースがスタートすると、悪天候のために沈没・故障する艇が続出しました。しかしその中で、スウェーデンのラース・キエル、スリグ・キエルの兄弟選手が操縦するハヤマ艇は先頭グループを好調に追い上げていました。しかしそのとき、前を走るダウ/ウィンター組のオーストラリア艇が突風により大きく揺れ、ウィンター選手が海へ投げ出されてしまったのです。ダウ選手はといえば、横倒しになった艇にしがみつくのが精一杯という状況でした。
それに気付いたキエル兄弟は、レースを中断して100メートルも逆走し、ウィンターの救助にあたりました。そして、監視艇がオーストラリア組を助け上げるのを見届けてからレースを再開。結果、11位でのゴールとなりました。
翌日、この一件を報道した新聞記事には「人類愛の金メダル」という見出しが付けられていました。それに対して兄弟は、「海で遭難事故を見つけたら、何を置いても救助に向かうのは海の男として当たり前」と笑顔でコメントしたそうです。すてきな話ですね。命よりも大切なものなんてないですからね・・・谷さん!銅メダルおめでとう!

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残暑お見舞い申し上げます(08/8/10)

今年の夏は北京オリンピックに高校野球に鍛えられたアスリート達のすばらしい取り組みに毎日魅せられています。勝敗は選手にもそしてこれまで彼らを支えてきたコーチたちや家族にとっても大切な意味があることでしょう。しかしオリンピックや甲子園には実力だけでは勝てない運というものがあるそうです。運を見方につけることができなければ勝てない・・・ここに怖さがあるとも言われています。もって生まれた才能と惜しむことのない努力、そして運を呼び込む力が必要なのかも知れませんね。この世界にいる人たちにしかわからない強い精神力を伴う「自分の限界」ぎりぎりのところでの取り組みですから・・・。やっぱりトップアスリートって精神的にも肉体的にも鍛え上げられたすごい人たちなんですね。
ところで応援している私たちは、彼らからたくさんの勇気をもらっていることにお気づきでしょうか?。彼らの最後まであきなめない姿勢や自分の限界と向き合う姿に私たち自身が励まされれているんですよ。映画ロッキーを見終わった時・・・あの自分が勝ったかのような錯覚・・・自分は見ていただけなのに見ているだけで強くなったような気になる・・・似ていると思いませんか?そうなんです・・・。ひょっとしたら彼らの苦しみや喜びに共感ししていると「ガンバレ!」って応援している先に自分がいるんです。結局は応援するという行為は、選手と一体になり、気持ちが共感できると結果として自分を応援していることになっている・・・。だって元気になりませんか?忘れていた何かを思い出しませんか?さあ!頑張るぞって思いませんか?・・・。本当にたくさんの勇気をもらいますね。ありがとう!

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コーチの一言(08/8/11)

やっぱり見ています・・・北京オリンピック!今日もすごいシーンがたくさんありましたね。中でも水泳で北島さんの世界新記録で優勝!やってくれましたね!北島さん!バドミントン女子ダブルス準々決勝で、末綱・前田ペア?ベスト4入りですよ・・・。スエマエって誰?誰かと聞かれても今日までオグシオしか知りませんでした。世界ランキング1位の中国の楊維・張潔ブンペアを下す大金星。オリンピック初出場の末綱・前田ペアがアテネオリンピック覇者で世界ランク1位の中国ペアに勝ったんです。日本勢としては初めての4強入りの快挙ということです。驚きました!オグシオは残念でした。さて、北島選手の昨日の準決勝は19ストロークだったそうですが、今日の決勝を前に平井コーチは北島さんに言ったそうですよ。「ここは勇気を出してゆっくり泳げ」・・・と、すると決勝では初めの50mを16ストロークで伸びのあるゆったりとした泳ぎで体力温存、後半への体力に余力があったので世界新記録が出たということらしいです。すごいですね!平井コーチの一言で北島さんの泳ぎが変わったのですからね。もちろん日頃の関係あっての有効な一言であって何も知らない外野である私たちの一言とは違います。やはり苦しいときも懸命に向き合ってこそコーチですからね。北島さんもこの4年間は大変だったようですが、この辛さを一緒に乗り越えてきたからこそ伝わる一言だったんでしょうね。どんな世界でも「信頼」って強いんですね。

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富士山登頂成功!(08/8/13)

あの日本一の高さを誇る霊峰富士山に12日昼から13日午前中にかけて家族全員で富士山登頂に挑戦して来ました。12日8時横浜駅からバスで東名高速道路御殿場ICから山中湖方面へ富士急ハイランド手前からマイカー規制中の富士スバルラインを経由して山梨県側登山口でもっともポピュラーな富士山河口湖口5合目標高2300mに12時に到着。午後1時から8合目の山小屋太子館標高3100mを目指しました。6合目までは散歩道のようなハイキング気分でいましたが、7合目に向けてはひたすら登りの砂利道と岩場が続きます。霧に包まれた登山道は気温20で程度で大変登りやすく感じました。7合目付近には山小屋も多く、トイレも売店も多くあるため休憩をこまめに取りながら励まし合いながら安全に夕刻6時には8合目の山小屋太子館に到着。簡単な夕食を済ませると夜11時に山頂に向けてのアタックに備えて仮眠を取りました。狭い山小屋には一人分約0.5畳分のスペースしかありませんが、寝袋での仮眠には十分でした。夜10時45分になるとすべての荷物を持っていよいよご来光目指して出発です。この時期の富士山は、ご来光登頂を目指す登山客で大混雑・・・。6合目から山頂までヘッドライトの明かりがジグザグに続いています。約700mを5時間かけて登る理由がわかりました。大渋滞なんです。今年はガソリン価格の高騰や中高年の登山ブーム、一生に一度くらいはご来光登山をしてみたいという中高年が激増しているとかで各山小屋利用者数および登山者数も昨年の3割り増しだそうです。富士山登頂はこれで5回目になる私ですがこの時期のご来光登山は初めてで大渋滞には驚きました。牛歩のごとくゆっくりと・・・。先を急ごうにも大渋滞は頂上まで続いています。しかし、これがこの時期の登頂率を引き上げている要因でもあるのでしょうね。みんなでゆっくり登ることになるために徐々に気圧の変化にも慣れ、高山病にかかる率も低いそうです。天候にも恵まれて真夜中の登山ですが、眼下に雲海を臨み、暗黒の空には満天の星。カシオペア座の近くにあるペルセウス座付近には流星群があり、たくさんの流れ星を見ることができました。ゆっくり登っているからこそ見ることができた天体ショーでした。途中何度かのアクシデントもありましたが・・・午前4時過ぎ全員登頂に成功しました!山頂は既に多くご来光登山者で埋め尽くされ、気温4度の中、正月の初詣のような混雑で山頂の売店には暖かい食べ物を求めて右往左往する人人人・・・。午前4時30分を過ぎると東の方角から白々とし始め、4時55分には太陽が見え始めると今までのにぎやかさは消え周囲が静まり返りました。何となく厳粛な空気が流れているような気がしました。しばらくすると徐々に山頂から人が少なくなり、下山道は5合目目指しての行列になります。このルートの最大の難関は実はこの下山なんです。とにかくひたすらに下り坂です。ほとんどの人はひざの痛みに耐えかねて何度も何度も休憩することになってしまい5合目までは約4時間から5時間はかかります。どうしても無理という人たちのために馬や馬車がありました。とんでもない料金なんですが使わざるを得ない人もいるのはわかります。家族で一度は登りたいという夢が叶いました。途中、何度もあきらめかけました。今年は8合目まででまた今度にしようかとも考えました。お互いが「ここまで来たら最後まで頑張りたい」という意思がはっきりしていたのが成功の理由だったと確信しています。目標をしっかりと持ち、最後まであきらめなければ・・・すばらしい夏になりました。

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メディアの力(08/8/14)

どう考えたら良いのでしょうか?他人の歌声に合わせ口パクで歌った美少女、コンピューターグラフィック(CG)を使ってテレビできれいに見える花火・・・。あの感動的な開会式に魅せられて中国の本質的な人種差別問題であるチベットやウィグル、そして毒入り餃子事件も一瞬忘れそうになったのは事実です・・・。しかし、やっぱり中国という国の本質は何も変わっていなかったんですね!数千人が応募した選抜テストで歌が最もうまかった少女がステージに上がれなかったのは、なんと歯並びがそろっていないという理由だと聞いて愕然(がくぜん)としました。しかも口パク少女はルックスが良かったということ・・・。また音楽監督は開き直って「(口パクは)国益のためだ。画面に登場する子供のイメージは完ぺきでなければならない」と・・・。とんでもない発言がありました。本物の歌姫やその家族はどんなにか苦やしい思いをしたことか・・・。国益のためならと我慢できるのでしょうか?そんな教育を許せるのでしょうか?隣国でありながらも全く違った価値観があるのでしょうか。これだけメディアが発達していますから「中国は間違っている」という中国国民からの声が出ない訳がありませんよね。でも国が力によって押さえ込んでいるんですね。チベットもウィグルも・・・同じなんですね。
さて明日は敗戦記念日です。戦争中、日本でも軍司令部からの報道規制があり、それこそ国益と称して国民には真実が伝えられない時代がありました。メディアには大きな力があります。だからこそ報道には倫理規定もあり大きな責任もあるのです。その力を悪用しはじめたら世界は終わってしまうかも知れません・・・。

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敗戦記念日に思う(08/8/15)

今日は敗戦記念日です。終戦記念日というよりも敗戦記念日・・・。自分の中ではいつの日からかそう思っています。終戦記念日という響きからは戦争が終わった日という自然に終わったという何か他人事のような印象がありますが・・・事実は日本が戦争に負けた事を認めた日ですから!
私の父は海軍兵学校在学中にこの日を迎えたそうです。子どもの頃、すいとんを食べては「二度と起こしてはいけない愚行」と父からよく聞かされました。そして「その過去の過ちから学べる人もいれば学べない人もいる。戦争を経験していなくても、学んでいる人もいれば、学べないでいる人もいる」と・・・。今年で80歳を超えた父ですがいまだに会う度に、海軍兵学校時代に学んだ「男子たるもの文武両道・・・良く学び体力と健康な心を身につけなさい。そしてマナーを身につけなさい。平和を創る人になるために・・・」を口癖のように語ります。大変な時代を生きてきた人だからこそ受け止めたいと思います。
プラモデルのブームの頃、戦車や戦闘機に「恰好いい。」と憧れる自分に「それが人を殺す以外の何の役も果たさないシロモノであるか」と語っていた父を思い出します。
もし、戦争を映画やメディアを通してゲームのように感じている人たちがいるとすれば、戦争を経験した世代の人たちの苦労や貧困とその後の世代の豊かさの比較を通して戦争によってもたらされる不幸を知ってもらいたいと思います。子どもたちには、戦争を経験していなくても、学んでいる人もいることを伝えていきたいと思います。

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民族衣装の意味(08/8/16)

またまた残念なニュースが流れてきましたね。開会式で中国各地のさまざまな民族衣装を着た子どもたちは、子役の少年少女などが所属する銀河少年電視芸術団の団員だったということです。チベット、ウイグルなど民族問題もありながらもこのオリンピックを機に中国は民族を超えて一つに・・・パフォーマンスとして中国全土の56の民族グループから56人の子どもが中国国旗を取り囲み、56の民族をもって中国なんだと表現されていました。しかし・・・ほとんどが漢民族だったと聞いてまたショックでした。やはり中国という国は多民族国家にもかかわらず漢民族中心の国であって他の民族の人権は保障されていないのでしょうね。言い方は悪いですが世界をだまそうとしていますよね。いい加減にしてほしいです!
民族衣装と子どもの出身地には関係がなかったことを「中国の演者が異なる民族の異なる衣装を着るのはよくあること。特別なことではない」と北京オリンピック委員会がコメントしてます。「彼らは人々が友好的で共に幸せであることを象徴するために違う衣装を着るだろう」と釈明までしています。問題はうそをついてまで56民族が参加していると思わせたところにあるのです・・・。
民族服(みんぞくふく)とは、ある地方や民族特有の衣服で言語・宗教・歴史など自然や文化・伝統を共有する人間集団に固有の服なのですよね。その民族衣装を着るということはそれらを受け入れるということ・・・少なくとも理解をしているということではないでしょうか。開会式で見せている意図はそこにあるわけでしょうね。漢民族の劇団員である子どもたちに56民族の衣装を着せるのはかまいませんが、56民族の子どもたちが参加しているとまで紹介して、いかにも民族間に相互理解があるかのように見せたことはやはりおかしいのではないかと思いました。 

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解説者の役割(08/8/17)

今日の女子マラソンはすごかったですね。ルーマニアのコンスタンティナ・トメスクが2時間26分44秒で優勝。ルーマニア勢の五輪女子マラソン初制覇だそうです。日本勢は中村友梨香選手の13位が最高で期待の土佐礼子選手は足の故障で途中棄権、野口みずきさんは故障で出場辞退でした。2位はキャサリン・ヌデレバ選手(ケニア)で3位に日本人コーチの指導を受けている周さん(中国)が入りました。ヌデレバ選手はアテネ五輪に続く銀メダル。世界記録保持者のポーラ・ラドクリフ選手(英)は悔し涙の23位に終わりました。
 レースは超スローペースで進み20km過ぎでトメスク選手がペースを上げて先頭に・・・。土佐選手はこのペースについていけず右足外反母趾の影響で途中棄権。ルーマニアのトメスク選手はその後も快調に飛ばし25kmくらいから独走態勢に入りそのまま逃げ切って優勝しました。
さて、今日のマラソンで一番感激したのは、各国選手の走りも当然ですが、私は解説をしていた増田明美さんの解説コメントでした。金メダルのトメスクさんは38歳のベテランランナーで13歳の子どもの母親でありシングルマザー。子育てをしながらマラソン選手としての練習の日々・・・。ラドクリフ選手のこのマラソンにかける思いやネデレバ選手の使命感など、見ている人が「そうなんだあ・・・」と感じ思わず応援したくなるような・・・。そんな情報やコメントに見ているとどんどん引き込まれていきました。まるで自分も北京を走っているような・・・また上位選手ひとり一人の走りの様子や的確な予測など・・・解説者ならそれくらいは・・・と思う人もいると思いますが、増田明美さんはマラソンランナーでした。今走っている選手の気持ちがよくわかるのでしょね。どんなに苦しい思いをしているのか、どんなに体が悲鳴をあげているか、支援者の期待に応えたいという思いなど自分の体験を基にした解説には見ているだけではもちろん知ることのできない情報がたくさんありました。その情報が走っている選手の人間性や生き方を知ることにつながります。そして励まさずにはいられない増田さんは各選手に向かって「頑張って!」と小さな声で語りかけていましたね。増田さんは走っている選手に共感して、走っている選手に代わって今の思いを言葉にしているような気がしました。それは確かに走っている本人ではないので増田さんの言葉のはずですが、見ている私には選手の言葉として伝わってきました。その解説があったからこそ今までになく楽しいマラソン観戦ができました。

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ご先祖様に感謝(08/8/18)

今日はとっても爽やかな過ごしやすい一日でしたね!朝、起きた時、寒く感じませんでしたか?何日ぶりでしょう熱帯夜から開放されたのは?我がままですがやはり涼しい方が良いですね。でもこれで夏が終わってしまったら・・・少し寂しい気分でもありす。子どもの頃から甲子園の高校野球が終わると夏も終わりだなあって思って宿題に励みましたが、今日は同時に涼しくなったせいでなおさらそう感じてしまいました!まあ、まだまだ残暑がしばらく続きそうですが・・・。
さて、お盆休みも終わり・・・ところで「お盆」って何だか知っていますか?ちょっと調べてみました。お盆の正式名称は[盂蘭盆会・うらぼんえ]と言うそうです。先祖の精霊を迎え追善の供養をする期間を「お盆」と呼びます。日本における「お盆」は、仏教に於ける盂蘭盆(ウランバナ)の行事―地獄の苦しみをうけている人々をこの世から供養することの功徳によって、その苦しみを救いたいという行事―と、昔からの今の自分があるのは、ご先祖さまのお陰であると感謝する先祖崇拝の心と合体したものとありました。
7月または8月の13日より16日までの4日間をさし13日の夕方に迎え火を焚き、先祖の霊を迎え期間中には僧侶を招きお経や飲食の供養をします。16日の夕方、送り火を焚き、御先祖さまにお帰りいただくのです。近くに農家があれば見たことのある人もいると思いますが、キュウリとナスビに割り箸を刺して馬と牛に見立てたもの・・・精霊馬(しょうりょううま)と言って、キュウリは馬の例えでお盆のときに少しでも早く迎えられるようにとの願いを表現しています。ナスは牛を表現しています。お盆が終わって、帰るときはのんびりと・・・。
何か良いですねえ。日本の夏の行事です。ご先祖様を大切にして常に感謝の気持ちを忘れないようにしてご先祖様にいつも見守ってもらえるように心がけましょうということですね。
オリンピックでメダリストになった日本人選手達がインタビューで「今まで応援してくれた人や支えてくれた人に感謝しています」この言葉の中には、決して自分一人の力では勝つことはできない。多くの周囲の力添えがあったからこそ勝てたという自覚がありますね。この感謝の心が大切ですね!何も特別なトップアスリートでなくても日常の様々な場面でもこの感謝のこころを持てるようになることは大切だなあって改めて感じました。ご先祖様に感謝!です。

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秋刀魚(さんま)が食べたい!(08/8/19)

先日の新聞で「このままでは、漁師はいなくなる」の見出しが気になって読んでみたら・・・魚(ギョ)!大変です!大好きなサンマが食べられなくなってしまいそうです。燃油高騰と豊漁によるサンマの価格の下落で漁にいかれない・・・。そう言えば7月15日でしたか・・・燃油高騰による苦境を訴える漁師たちが全国で約20万隻の一斉休漁したというニュースを見ましたね。
8月に漁期を迎えるサンマ漁船は参加できなかったから解禁日に合わせて休漁?そんなあ・・・。燃料高騰で漁に出ても市場では買取値段が安すぎて漁師の儲けがないのですか?そんなあ・・・。サンマファンは多いんですよ!・・・。何とかならないのですか?サンマ獲ってきてくださいよ!日本の秋の味覚を代表する魚ですよ。細い柳葉型で銀色に輝く魚体が刀を連想させることから「秋刀魚」と表記される・・・そんなことどうでもいいんです。
 仕方がないですなんて言えないのは、たくさん獲れるのに食べられないということ。しかも原油高が原因なんて!実は今年サンマが豊漁と予測されたのは2ヶ月も前の話なんです。だから新しい七輪まで買って待っていたんです。獲れたてのくちばしの黄色い、銀色に輝く、油がのってまるまると太ったサンマ・・・炭火で焼いて、おろしたての大根おろしとおいしいお醤油で食べるともうたまりません!考えただけでも・・・。目黒まで馬を飛ばして食べに行く気持ちが私にもわかります・・・。(落語:目黒のサンマは最高です)

原油価格の高騰はいつまで続くのでしょうか?漁業関係者は「これだけ燃油が高くなれば、漁師はやっていけない」と嘆いています。季節の魚が食べられなくなるなんて考えたこともなかったですよね。春はメバル、タイ。初夏はアジ、イサキ、クロダイ。秋はサケ、サンマ、サバ。冬はブリ、タラ、ハタハタ。このままでは大好きな寿司も口にできなくなってしまうかも知れませんね。早く原油バブルが終わって大漁旗をなびかせて安くてうまい魚をたくさん獲ってきて食卓にならべさせてください・・・。

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教育の崩壊は学校だけじゃない・・・(08/8/20)

大相撲にまた不祥事!しかも大麻所持容疑による逮捕と聞いて個人的にはかなりショックを受けています。子供の頃、家族で蔵前国技館に大相撲観戦に行ったことがあります。巨人、大鵬、たまご焼きの時代です。その頃の「力士」にはなんとも言い表すことができない風格と威厳と美しさがありました。
相撲協会として入門したての若い力士、特に文化の違う外国人力士には厳しく力士として備えるべき「心技体」の教育が必要ですね。どうも体格のいい力士には出世が早い力士が多く、あっという間に部屋頭にでもなると「しつける者」がいなくなってしまうとも聞きます。親方であっても関取にはあまり口出しをしない人もいるとか・・・。これでは相撲界の規律やしきたりが乱れるのは当たり前かも知れません。
学校教育だって家庭教育だって地域の教育力だって同じです。右も左もわからないこどもを大人の都合で一人前に扱って手に負えなくなっているケースは大変多いのではないでしょうか。
親方は若い弟子達を力士としてそして人間として一人前に育てる責任があるのです。しっかりと向き合わずに、もう一人前なんだからと親方としての役割責任を放棄しているのではないかと疑います。

相撲界の国際化を進めるなら受け入れて育てるためのシステムやしつける人のための教育カリキュラムも必要です。体が大きければ誰でもいい・・・たとえ外国人であっても・・・。違います!「力士」とは何かを学んだ者が活躍するから観客も魅了されるんです・・・。どこかで誰かの私利私欲が見え隠れしているように感じませんか?

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あきらめないってすばらしい!(08/8/21)

今年の夏は暑(熱)かった・・・。昨夜は雷雨のせいか秋風を思わせるような涼しさがありましたね。あともう少しで夏も終わりますね・・・。
さて、毎年8月に神奈川県専門学校体育大会が県内各地で開催されていることを知っていますか?本校からもバスケットボール、サッカー、野球、卓球、ボウリングにと実習期間中でありながらも運動部を中心にして積極的に参加してきています。参加した学生たちはそれぞれに喜びも悔しさも感じたことでしょう。しかしこの時期、学生は施設実習と重なることも多く、どの部活もベストメンバーでの参加ができないのが残念です。しかしそのことも各自受け止めての参加になっているようです。そんな中でサッカー部が2回戦を突破。ベスト8入りです。今日はベスト4を目指して頑張る学生達の準々決勝が藤沢市善行体育センターのグランドで行われました。炎天下のグランドにはブルーのユニフォームのYMCA健康福祉専門学校の学生達が・・・。グランドをよく見るとゴールキーパーを含めて7人しかいません・・・。引率の教員に尋ねると「保育実習でメンバーが足りなくなって・・・学生達はどうしても棄権はしたくないと自分達で未経験者でも声をかけて何とか7人集め試合に望むことにしました!」とのことでした。ところが相手チームは優勝候補・・・しかもベストメンバーです。こちらは経験者が2名のみで他は素人・・・。試合をしなくとも結果は歴然。それでも悔いのない夏にしたいという学生の思いが最低参加人数の7名を集めたのでしょう。しかし、現実はそんなに甘くはありませんでした。試合が始まって10分、既に9対0・・・。このまま続けたとしても野球のようにコールドゲームはありません。きっと相手チームにとっては、初めから負けるとわかっている試合なんだから棄権して5-0で構わないじゃないかという思いもあったことでしょう。
しかし・・・彼らは最後まで真剣に試合に向き合うことを心に決めて参加していました。相手チームに失礼にならないよう持てる力を出し切りました・・・彼らはあきらめなかった・・・。勝てる見込みがなくても懸命にグランドを走り回り相手の意のままにはさせないプレーが随所にありました。1年生から3年生まで互いに励ましあい、声を出し、すばらしいプレーには互いに讃え合う場面もたくさんありました。試合終了のホイッスルが鳴りました・・・。やり遂げた笑顔と震える足がすべてを語っていました。私は彼らを誇りに思います。最後まであきらめない。本当に良く頑張りました!よくやった!結果は20対0で完敗でしたが、たった7人で最後まで試合を捨てることなくフェアプレーに徹した姿に感動しました。ありがとう!そしてお疲れ様でした。

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リレーはチームワーク!(08/8/22)

昨日の400mリレーを見ていて小学6年生の時、横浜市総合体育大会の400mリレーに選手として参加したことを思い出しました・・・。あれは5年生の秋の大運動会終了後のこと・・・。運動会での100m競争の上位4名が選出されてそれぞれ担任の先生から「来年の市の総合体育大会のリレーの選手に選ばれたよ」と聞かされました。その翌日から1年間、毎朝6時30分に校庭に集合し陸上競技の基礎練習が始まりました。こどもですから練習後の用務員の吉田さんが毎朝くれるりんごジュースがとても楽しみに毎日通っていたのを覚えています。寒い朝も雨の日も基礎体力作りと200mの全力疾走とトップスピードでのバトン練習でした。大会1ヶ月前には大会が開催される三ツ沢グランドでの記録会に参加しました。選手4名の100mの記録は12秒8から13秒0でしたが、アンツーカーコースでの400mリレーの記録は50秒8でした。いよいよ大会当日、空は曇り肌寒い日でした。横浜市内の代表小学校が三ツ沢競技場に集まり様々なプログラムが行われました。最終種目が400mリレーです。ご指導いただいたマミズカ先生は「練習してきた苦しさは絶対に君達を裏切らないよ」と笑顔で話してくれました。結果は50秒2で優勝。その後、15年間その記録は破られずに横浜市の小学校体育年鑑に載っていたことを知ったのは30歳を過ぎてからのことでした。
今回のリレーでも徹底的にバトン練習をした事でしょう。バトンを受ける人は、近づいてくる前走者の声で後ろを見ることなく全力でスタートします。トップスピードになった時、丁度、バトン渡せるように、前走者は声を出すタイミングと全力疾走になる直前の次走者との距離を何度も何度も調整して決めていきます。まさにチームワークは必要なんです。心を一つにすることが大切なんです。記録38秒15はバトンリレーがうまくいった証拠ですね。世界選手権とオリンピックで7大会連続の決勝進出だったんですからね。地道な努力を続けた日本人にくれた神様からの最高のごほうびですね。塚原直貴選手、末続慎吾選手、高平慎士選手、そして朝原選手銅メダル本当におめでとう!日本のトラック男子種目で五輪史上初のメダルですよ。ありがとう!

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多くの感動をありがとう(08/8/23)

いよいよ北京オリンピックも明日で終わりですね・・・。日本代表として参加した選手、そして心の支えになっている家族・・・そして選手たちの力を最大限に発揮できるよう指導をしてきた監督、コーチたち・・・その他にも表舞台には出てきませんでしたが一人ひとりの選手を様々に支えていた専門職がいたことでしょう。4年に一度しか開かれないオリンピック・・・ハンマー投げの室伏さんの一言を思い出します。「この1時間のために4年間努力してきました・・・」。コンディショニングも私達の想像を超えた大変さを感じましたね。マラソンの野口さんも「最高のコンディションでいることと体の故障とは紙一重なんです・・・」本当にお疲れ様でした。メダルに輝いた選手も予選で敗退した選手たちも私達には同じように輝いていましたね。この日のために・・・という取り組みがあったからこそです。きっと世界中の多くの人たちが選手たち一人ひとりのパフォーマンスに勇気をもらったことでしょう。そして限界に挑戦している選手の姿からあきらめないことのすばらしさやオリンピックで勝つことの難しさを知った人たちもいたことでしょう。そして参加したすべてのアスリート達は子どもたちからも憧れの人として心に深く刻まれることでしょう。試合を終えた選手達たちが結果に関わらず異口同音に「支えてくれた多くの人に感謝しています。ありがとうございました。」の言葉は私の心に響きました。誰よりも頑張っていたのは選手自身なのですから・・・たくさんの勇気をもらいました!本当にありがとう!
残念だったのは、オリンピック最中にも世界各地で戦争や紛争が耐えることはありませんでした。それによって多くの人の命が失われてしまいました。同じ地球に住むものとして互いに信頼し合い、尊敬し合い、争いのない平和な世界を築いていかなければならないと強く感じました。文化、民族、思想、信条の違いを超えて互いに支えあう社会こそ、オリンピックの創設者であるクーベルタンの意志であり願いであったことでしょう。私達はその意志を受け継いでいかなければならないと感じています。
終わりよければ・・・ではありませんが、明日の閉会式に偽りがないことを祈りたい気持ちで一杯です。感謝!

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絶対に後悔しない学校選び!(08/8/24)

いよいよ夏休みも終わりに近づいてきました!高校3年生は将来の自分の進路に関しての自己決定を迫られる時期になりましたね。進学を考えている高校生や保護者の方々に後悔しない学校選びの方法をお教えしましょう。
高校在学中から将来の自分の職業について考えている人はきっと何かの機会にその職業を知ったのでしょうね・・・。昔のように親の背中を見て育つというようなこどもが親の仕事を見るようなことは少なくなりました・・・。たとえば自分が保育園や幼稚園に通った経験があって楽しかった経験があれば保育士、幼稚園の先生という仕事も考えるでしょう。家族の中に医療や福祉関係の専門職の方がいれば仕事の内容も知っているだけに自分もと検討するかも知れませんね。バイク好き、機械好きなら自動車整備などにも関心が出てきますよね。ゲーム好きなら情報系、ペットを飼っていれば動物看護師やペットトリマーになりたいと思うかも知れません。おしゃれ好きなら理美容やメイクやネイル、ファッションデザインなども考えますね。最近では声優やアニメーション、俳優、歌手という希望もあります。
では、たくさんの学校がある中でいったいどこの学校に行けば自分の夢が形になるのでしょうか?
専門科目も専門技術も大切ですがもっと大切なことがあります。それは心豊かな人間力やコミュニケーション力、集団を動かすことができるリーダーシップ力・・・そして配慮すること。誠実であること。責任を持つこと。尊敬する心を身につけることが何よりも大切であると私達は考えています。もちろん卒業することで資格取得は当然ですが、YMCA健康福祉専門学校には人間力をつけるシステムがあります。それは多くの学生が参加しているボランティアユースリーダー活動であり、学校行事を中心とした実行委員会活動です。キャンプ、30kmウオーキング、スポーツデイ、音楽祭、YMCA祭、街頭募金活動など自分と向き合い、自分の弱さ、強さを知る機会でもあります。様々な課題をクラスメイトとともに解決に導きます。その課程にはお互いに学びあう場面がたくさんあります。YMCAに集う多くの人たちとの接点を大切して育ちあう学校です。
資格取得だけを目指している学校や人間力を身につけるシステムのない学校には期待しない方が良いと考えます。

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日本選手団団長って何?(08/8/25)

星野ジャパンは北京市内の五ツ星ホテルに宿泊・・・。「強い選手を集めて、ちょいちょいと練習して勝てるような、そんな甘いもんじゃない。1年前から同じ釜のメシを食って強い連帯感とコンビネーションプレーをやらないと勝てない」・・・。その通りですが・・・すべて終わってから何を言っても・・・。苦言を呈するのも良いけど・・・事前に各競技団体の意向確認はしなかったのでしょうか?これでは勝てば官軍、負ければ賊軍扱いのメディアと似たり寄ったりの姿勢でがっかりですよ?
オリンピックの舞台に立つ日本人の競技者は各競技種目のトップアスリートです。メダルや順位は参加した結果です。それぞれの競技における日本のレベルを確認している訳ですから・・・。
日本一の選手や団体を簡単に批判できる日本人っていったい何なんでしょうね!トップアスリートとして懸命に・・・すばらしい取り組みだったじゃないですか!しかも団長の苦言の対象になっていた競技者は、多くのスポンサーを集めジャパンのロゴでたくさんのお金を集めたはずでしょう?聞くところによると馬術の補欠選手は自腹で競技馬を輸送し…フェンシングの太田選手は独自にスポンサーを集い50万円でTシャツを作成したそうです。スポンサーは寄付金制度にして各競技に均等分配したらと考えさせられました。でもそれは難しいでしょうね・・・。
そもそも特別あつかいって何なんでしょう?オリンピックを材料に私利私欲を満足させるために過度になっているビジネスが問題なんですよ・・・。そうですよ!選手達に関係にないところに原因があるのです。競技者以外のスポーツマンシップが必要ですね。
それでも私はひとりの日本人として日本を代表して参加した方々に…感動をありがとう!と言いたいです。

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今、プロフが問題!(08/8/26)

携帯電話の普及率は、小学生で36%、中学生で52%、高校生は96%・・・。最近は犯罪に巻き込まれるこども達が急増して社会問題になっています。親が子どもに携帯電話を持たせる理由は、塾帰りの安全確保・・・。しかし、その結果生じたリスクが今、子どもたちに襲いかかっていることを知っていますか?
 今日のNKH視点論点でも取り上げていましたが、子どもたちに大人気のインターネットのサービスに「プロフ」というものがあります。小学生や中学生、高校生の女の子がいる家庭なら「プロフを使ったことがあるか」と尋ねてみればほとんどの子どもが「ある」とか「知っている」と答えるということです。ぜひ聞いてみてください!
プロフはプロフィールの略。パソコンや携帯電話からネットのページに自分のプロフィールを書き込む・・・。空欄に文字を入力するだけで、5分もあれば完成するそうです。たったそれだけのサービスですが、子どもに大人気・・・しかし、これが大問題を引き起こしているのです。自分がどんな人間かを伝えたいという思春期の子どもたちはプロフに自分の性格や好きなこと、悩みなどを書き込みます。プロフには掲示板へのリンクやメールアドレスの記載があるため、記載内容についてコミュニケーションもできます。それだけならなんの問題もないのですが・・・。
 子どもたちは友だちしか見ていないと思い込むのか、自分の実名や学校名、自宅のおおよその住所や、バイト先の店の名前や所在地までをも記載してしまう子どもが後を絶たないそうです。さらに、自分や友だちの写真まで無防備に掲載してしまうこどもまでいるようで、それは誰でも簡単に見ることができて悪用される可能性があることを知らせなければいけません。小中高生の女の子を持つ保護者の方は、要注意です・・・。

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30年前のこども達・・・(08/8/27)

「女性は結婚しなくても幸せな人生をおくることができる」と思う人は55%で、「そうは思わない」は39%・・・。読売新聞社の年間連続調査から・・・。今から30年前の1978年の調査では「女性は結婚しなくても幸せ」という考えに賛成の人は26%、「反対」が50%を占めていたようですが、この30年で結婚への意識は大きく変化したんですね。また、「結婚したら男性は仕事、女性は家庭のことに専念するのが望ましい」と思う人は30%で、「そうは思わない」は68%とありました。男性は仕事を追い求め、女性は家庭と家族の面倒をみる方が互いに幸福だ」という意見への賛否を聞いた78年の調査では、「賛成」71%、「反対」22%だったそうです。ただ、「人は結婚した方がよい」と思う人は65%で、「必ずしも結婚する必要はない」の33%を大きく上回り、結婚そのものは肯定的に受け止められているようです。「結婚した方がよい」は、5年前の03年の54%から11ポイント増え、結婚は望ましいと考える人が急増しています。
強い女性が増えてきたのでしょうか?弱い男性が増えてきたのでしょうか?世の中の価値観や社会の構造が変わってきているのでしょね。でも結婚した方がよいと思っている人が増えている理由は何でしょう?
食事は一人より誰かと話をしながら食べる方がおいしいです。どこかに出かけて素敵なものを見つけた時、一緒に喜べる人がいた方が嬉しいです。悲しいことや辛いことがあった時、誰かに話を聞いてほしい時、そばにいてくれる人がいた方が心強いです。人間って思っているほど弱くもないですし、強くもないですからね・・・。
30年前といえばパートや正社員として仕事を持つ女性が増えていく時代でした。子どもたちが学校から家に帰っても家族が誰もいない淋しい経験がある子どもが増えてきた時代だったかも知れません。ウオークマンやゲームに熱中し会話を知らない時代の子どもたちだったかも知れません・・・。そんなこども達が大人になり、いつもそばに誰かがいてくれることは安心できると気づいたのかも知れませんね・・・。しかし、そこには互いに配慮し合い、誠実に、互いに責任を持ち合い、尊敬しあうことがあってこそですね。男性も女性もそれぞれに持っている才能を互いに尊重し合い、もしもできないことがあれば互いに補い合うことができるならすばらしいですね。主婦?主夫?どちらもありです。それでもどうしても不可能なことは子を生むことだけかも知れませんからね。

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こんなに悲しいことはない!(08/8/28)

「私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、そう思ったからです。・・・私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の人たちと一緒に成長していきたいと考えています。 私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になれればと考えています。甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかもわかりません。しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。」これは昨日殺された伊藤和也さんがアフガニスタン派遣の志望について書いた「動機」の文書(03年6月15日付)です。所属していたペシャワールの会が公表した文章が朝日新聞に掲載されていました・・・。私達YMCAでも困っている人がいると聞けば、行って自分にできることをしたいという志の高い学生達がたくさんいます。ペシャワールの会も学生YMCAで育った医師の中村哲さんのそんな思いに共感し「誰もが行きたがらない所に行き、誰もがやりたがらないことをする」とパキスタンでの医療活動を支援する目的で1984年に結成されました。現在ではパキスタン北西辺境州・アフガニスタンに1病院と2診療所を運営しています。2000年夏からは戦乱・今世紀最悪の干ばつに見舞われたアフガニスタンの村々で水源(井戸、カレーズ)確保作業を継続しています。2001年10月からアフガニスタン空爆の中、緊急食糧援助を行ないました。この時に寄せられた「アフガンいのちの基金」をもとに医療事業、水源確保事業、農業計画から成る「緑の大地計画」をスタートし2003年3月より灌漑用水路建設に着工しました。この用水路によって広大な農地への灌漑が可能になりました。伊藤さんも農業指導者としてこの計画に共感し応募をしたのでしょう。
何とも言いようのない憤りを覚えます。現地の人たちとともに急速に進む砂漠化からアフガニスタンを守ろうと懸命に取り組んでいたんです。多くの人に慕われ、そして感謝されていた伊藤さん・・・その意志を無駄にしないためにも活動を続けてほしいと伊藤さんも願っていることでしょう。ご冥福をお祈りします。

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天災?人災?(08/8/29)

この夏、各地で集中豪雨による災害が後を絶ちません。特に鉄砲水によって人の命が奪われるなど・・・これは天災?それとも人災?
私たち人間は「自然」に生かされていることを知りましょう。自然の恩恵をたくさん受けていますね。それなのに人間の都合だけで環境を壊していると思いませんか?山林には水を蓄えるという大きな力があります。その力を山林から奪っているのは人間です・・・。その力を失った山林に降った雨水は行き場所をなくし低いところに集中します。確かに過去最高の瞬間雨量であったようですが災害の原因は決してそれだけではないことを知りましょう。人間は自然に対する畏敬の念を忘れることがないようにしたいですね。
さて、「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉が85年前に発生した「関東大震災」よりも後に生まれた言葉だということを知っていますか?教訓だったのでしょうね・・・。
 何もなければ何の備えも要りません・・・。しかし地球は生きています。生きているからこそ活動をしているのです。地殻変動による大地震や様々な大気現象は昔から定期的に発生し人間にとっては大災害として疎まれています。地球は確かに活動している・・・。この活動を止めない限り災害は終わらないということです。昔から人間の営みと自然現象は人間にとって喜びや楽しみでもありましたが、苦しみや悲しみでもありました。これからも人間が自然とどうつきあうかが問われています。9月1日の「防災の日」を前に改めて自然と人間について考える機会としてほしいと思います。

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歩いて家まで・・・(08/8/30)

もし大地震が起きたら、みなさんは通っている学校や働いている仕事場から自宅まで歩いて帰ることはできますか?本校YMCA健康福祉専門学校では「本厚木-江ノ島30kmチャリティーウオーキング大会」を毎年全員参加で実施しています。もちろん災害による帰宅困難者にならないために実施しているのではありませんが・・・。実際には35km・・・というと1時間で4kmという普通のペースで歩いても8時間以上。途中休憩を取りながらであれば9時間以上かかる距離です。しかしながら毎年、途中棄権する学生もなく完歩していることには驚かされますね。実際に歩いてみないとわからない距離です。本当にすごい事だと思います。
「いつかは大地震が来るとは思っているが何も準備していない」という人が多いと聞きます。公共交通機関は止まり、携帯電話も通じません。大切な家族と連絡がつきません。電気、ガス、水道も止まります。もちろん自動販売機も使えません・・・。便利さが当たり前になっているこの時代・・・。誰かが何とかしてくれると考えている人が多い社会・・・。想像してみてください。もし季節が真冬だったらどうしますか?家族が待つ自宅まではそれぞれに何とか帰りたいですね。道路が寸断されているかも知れません。がけ崩れで回り道が必要かも知れません。一日ではたどり着かないかも知れません。いざという時のために、一度は歩いて帰ってみませんか?その際には最低限に必要なものとしては1リットル程度のペットボトル水・タオル・雨具・懐中電灯・非常食(カロリーメイトなど)・ティッシュペーパーは必要でしょう。これらは常に持っていることが大切ですね。「備えあれば憂いなし」の教訓を忘れずにいたいですね・・・。

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オリーブの木を植える(08/8/31)

昨日までの悪天候が嘘のように今日は朝から快晴・・・夏が戻ってきた・・・。厚木ワイズメンズクラブ主催の「富士山Y植樹ツアー」に参加してきました。車中は出発と同時にうたごえひろばが始まり次から次へとなつかしのメロディー・・・遠足気分に盛り上がりました。この季節には珍しく富士インター付近からは雲の上に富士山が山頂までくっきりと見ることができました。到着後富士山YMCA施設見学が終了するとすぐに、全員でオリーブの木を植樹しました。富士山の裾野に広がる駿河湾を望む富士山YMCAは、こどもたちの夏季キャンプも終わり静けさを取り戻していました。のんびりとした空気に心が癒され、おいしい食事に入浴に骨休みにもなりました。
私達はオリーブに平和の願いを込めて植樹しました。世界中の紛争や戦争が終わりますように!特にパレスチナとイスラエル紛争の解決を心から願います。オリーブ栽培はパレスチナの主要な産業で農民の収入源の中心でもあります。オリーブはパレスチナの人たちには「生命の木」と呼ばれる特別な存在であることを知っていますか?オリーブは水が少ない荒地でも育ち根がある限り新芽を吹いてくるほど生命力が強い木なんです。パレスチナの人々はその不屈の姿を自らの境遇に重ね合わせているのでしょう。赤茶けた荒野に育つオリーブには、力強い生命力が感じられます。それはパレスチナがオリーブの故郷として最も長い歴史を持つだけでなく聖地の持つエネルギーなのかも知れませんね。パレスチナという場所が「占領と抵抗の舞台である」現実を意識しなければオリーブの林は平和そして聖地のイメージそのものなのに・・・残念です。これからも平和への願いを込めてオリーブの木を増やしていきたいと思います。

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